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『二十六夜』(まへがき)

宮沢賢治のこの「まえがき」からはじめましょう

『二十六夜』(まへがき)
『二十六夜』宮沢賢治

わたくしたちは、氷砂糖をほしいくらゐ持たないでも、きれいにすきとほつた風を食べ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。

 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろの着物が、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、寶石いりのきものに、變つてゐるのをたびたび見ました。

 わたくしは、さういふ綺麗なたべものや着物がすきです。

 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鐡道線路やらで、虹や月あかりからもらつて來たのです。

 ほんたうに、かしはばやしの靑い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな氣がしてしかたがないのです。

 ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうで仕方がないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになる所もあるでせうし、ただそれっきりのところもあるでせうが、わたくしには、その見分けがよくつきません。なんのことだか、わけの分からないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、譯がわからないのです。

 けれども、わたくしは、これらの小さなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなに願ふかわかりません

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